ブラックマンデー
ブラックマンデーとは、1987年、10月19日のニューヨーク証券取引所における史上最大の株価暴落を指す。
この一日での下落率は22.6%であった。この日が月曜日だったことからブラックマンデーと呼ばれている。
このアメリカの動きが、東京、ロンドンなど世界の主要国の経済市場にも大きな影響を及ぼした。
直後、日本も日経平均株価が大幅に下落、下落率14.9%と戦後最大の数値を記録している。
しかし、金融緩和政策をとっていた日本は、継続的な影響を回避できており、バブル期に入っていく。
その後ニューヨーク市場は、深刻な世界恐慌に陥ることなく2年をかけて回復している。
ブラックマンデーの原因には諸説あり、2008年のリーマンショックのように明確なものではない。
2008年のリーマンショックは、政府がリーマンブラザーズの救済をしないことを決定したことで起こっている。
ブラックマンデーは、「売りが売りを呼ぶ」という連鎖現象が、株価暴落につながったものだといわれている。
当時のアメリカは、財政面でも貿易面でも赤字の拡大が予測できる状態にあった。
続いているドル安傾向の打開策として、ルーブル合意が結ばれたが、ドイツはその合意を押し破って金利を引き上げた。
これにより、協調合意自体が意味をなさなくなり、さらに米株に対する投資家不安を助長することとなる。
不安定な状況の中、投資家の間に普及していた自動売買プログラム(コンピュータシステム)が、一定価格以下になった株を自動的に売るという機能を作動させたことが、さらに暴落に拍車をかけたという見解もある。
その当時、アメリカには、株価の振れ幅のストップ値が設けられていなかった。
ブラックマンデーを経験したことで、米証券取引委員会は、全銘柄を対象とするサーキットブレーカー制度を導入している。
下落幅の限度率を設定し、限度幅以上の下落があった場合、強制的に取引を一時停止させるようになっている。
ブラックマンデーに関する知識がコンサルファームで問われることはほぼないと言ってよい。
しかし、ブラックマンデーが起きたメカニズムを知ることは、株価の動向に対する各国政府の対応が世界経済にどのような影響を与えるのかを理解する一助となる。
それは企業経営という、経済と直結するものを扱うコンサルタントにとって無関係とは言えない。
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